さかのぼり・バルセロナ (HILL開業編‐1)

Category : 日誌
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HILLの開業した97年。
サッカーファンならご存知のこの二人も、まだバリバリの現役でした。
あれから16年、私的にはそんな昔に思えないのですが・・
それは私が歳をとって、一年が早く過ぎていくと感じるようになった
今だから、また余計にそう思うのかも知れません。
もっとも自慢じゃないですがPep監督よりまだ私の方が髪の毛が残っていますが。エッヘン!

さて、「さかのぼり・バルセロナへの道」
今回は、1回目「HILL開業編」のその①として
その当時のバルセロナに付いて少し話してみたいと思います。

まず、現在との大きな違いは当時は通貨がユーロではなくペセタでした

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ちなみに、良く憶えているのがこれ25ペセタ、通称「シンコドウーロ」と呼ばれ
日本の五円と同じで真ん中に穴が開いている、外国の貨幣としても珍しい物でした。
ただ穴の開け方がスペインらしいと言うか、大雑把なのには笑ってしまいます。

あと日本円との換金率は100ペセタ=約80円ぐらいで
当時の物価ではコーヒー1杯がスペインでも屈指の物価高のバルセロナでも
100ペセタ程で、お昼のランチの定食が前菜、メイン、デザート、ワインが1本飲み放題で
600ペセタ500円弱と今の物価よりかなり安かったです。

ただペセタはマイナー通貨のせいもあって、日本円への換金率が悪くて
実際に日本に戻って成田空港なんかで換金すると10,000ペセタが
6,000円ほどに目減りして、空港から成田エクスプレスに乗ったらその殆どが
無くなってしまうと言う、悲惨な思いをしたのを良く憶えています。
ほんと・・
バルセロナならお昼のランチが15回食べるのが・・・・。


さて、近年バルセロナに来られた方は、ヨーロッパの他の国とは街を歩いても
それ程大きな違いは感じないと思いますし、またこれから来られる方も同じ様な
印象を持たれると思うのですが、当時からバルセロナはスペインでも
一番垢抜けた都会と言っても、それでもやっぱりあの当時は
まだまだドロドロ、コテコテしたところがありました。

その辺を、また次回話してみたいと思います。



*ちなみに、こんなものでどうでしょう?
 少しづつ当時の話とクロスさせながら話を進めていくと言う感じで。
 徐々に最後は、バルセロナにたどり着いた歴史が紐とかれるはず

 もし、途中で挫折しなければですが(笑
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